2008年02月24日
プレ・ロマネスク建築について
恥しながら知らないこと多かったです。
勉強になりますなぁ。
プレ・ロマネスクの重要な建築形態は、バシリカと単廊式教会堂(Saalkirche)である。単廊式教会堂は、柱のない単一空間に内陣が連結した単純な教会堂で、しばしば、これにアプスや方形の内陣、小礼拝室などが付け加えられる。単廊式教会堂は、ロマネスク建築に側廊のない教会堂があること、教会堂が空間の足し算によって成り立っていることを証明するものである。礼拝室などの付属室は不規則に連結する場合もあるが、身廊の左右に並べて側廊のように配置されることもあれば、身廊の左右に取り付いて袖廊を構成することもあった。付属室を四方に備えた単廊式教会堂としては、西ゴート王国によって建設されたサン・ペドロ・デ・ラ・ナーヴェ聖堂(691年頃)、レオン王国によるサンタ・クリスティーナ・デ・レーナ聖堂(800年頃)がある。
イタリア半島では、初期キリスト教建築の伝統的なバシリカが作り続けられたが、イベリア半島北部のアストゥリアス地方では、イタリアとは異なる性質を持つバシリカを生み出した。オビエドのサン・フリアン・デ・ロス・プラードス聖堂(800年頃)は、平面上では東端部にトランセプトを有するラテン十字型のバシリカであるが、トランセプトは身廊と側廊から明確に分節され、さらに身廊とトランセプトの両端部にそれぞれナルテクスが追加されている。初期キリスト教建築のような空間の一体性はなく、独立した各部分を寄せ集めたかような形態である。サン・ミゲル・デ・リーリョ聖堂(800年頃)は、現在では西半分しか残っていないが、当初の教会堂はかなり容易に復元可能である。平面はバシリカであるが、側廊は天井の低い部分と袖廊のように天井が高い部分が繰り返されており、やはり内部空間は分離している。ドイツに建設されたバシリカは、イベリア半島のものよりも初期キリスト教のものに近いが、アーケードは円柱ではなく、太い角柱で構成された。また、東端部はアプスで終わるのではなく、より複雑な構成をとる傾向にあった。
プレ・ロマネスクのもうひとつの重要な特徴は、西構え(Westwerk)の発明である。ロマネスク建築からカロリング朝建築を外すことが難しいのは、まさにこの西構えという形態を創造したことにある。西構えとは、上部に 塔のような外観の突出部を備えた西端部であり、実際これはその当時に塔と呼ばれ、次いで完全な塔となった。正方形平面で多層階から成り、1階が玄関広間、2階に東側をアーケードで身廊に解放した大広間を持つ。プレ・ロマネスク期の西構えは、コルヴァイのザンクト・ヴィートス旧大修道院教会堂のみが、かなり改変された状態ではあるが残っている。現在は教会の軸線に対して幅が広く、奥行きの浅い塔状の構造物で、後に横断型西正面と呼ばれる形態に近いが、かつてはほぼ正方形の平面で両側の塔は中央塔よりも小さかった。内部は1階がロマネスク建築の広間式クリュプタと呼ばれる形式で構成され、2階に広間を備える。一般にこれは皇帝の玉座室か皇帝専用の礼拝室であったとされるが、これを裏付ける資料はなく、儀式のために必要な空間、あるいは教会堂に付属する補助的な教会堂とする説もある
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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