2010年4月15日
茨木のり子さんの詩
大阪府生まれ、愛知県西尾市育ち。愛知県立西尾高等女学校を卒業後上京し、帝国医学・薬学・理学専門学校薬学部に進学する。上京後は、戦時下の動乱に巻き込まれ、空襲・飢餓などに苦しむが何とか生き抜き20歳の時に終戦を迎え、1946年に同校を卒業する。帝国劇場で上映されていたシェークスピアの喜劇「真夏の夜の夢」に感化され劇作の道を志す。「読売新聞第1回戯曲募集」で佳作に選ばれたり、自作童話2編がNHKラジオで放送されるなど童話作家・脚本家として評価される。1950年に医師である三浦安信と結婚。埼玉県所沢町に移り住む。
家事のかたわら雑誌「詩学」の詩学研究会という投稿欄に投稿を始める。最初は二篇を投稿し、そのうちの一篇である「いさましい歌」が選者村野四郎に選ばれ、1950年9月号に掲載される。1953年に川崎洋からの誘いで、同人誌「櫂」を創刊にたずさわる。創刊号は川崎洋・茨木のり子の二人だけの同人誌だったが、二号からは谷川俊太郎、三号から舟岡遊治郎・吉野弘、四号から水尾比呂志が参加し、その後の第二次戦後派の詩人を多数輩出するようになった。
1991年に『韓国現代詩選』で読売文学賞(研究・翻訳部門)を受賞。
1999年に刊行された詩集『倚りかからず』が10月16日の朝日新聞「天声人語」で取り上げられたことで話題になり、詩集としては異例の15万部の売り上げを記録した。
2006年2月、病気のため東京都西東京市東伏見の自宅で死去。享年79。茨木は一人暮らしで、2月19日に訪ねて来た親戚が寝室で死亡しているのを発見した。死去はその二日前の2月17日。すでに遺書は用意されてあった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
「自分の感受性くらい」が一番好きです。
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